40代後半に突入して急に焦り始めたこと

 朝の貴重なお時間にご訪問いただき、誠にありがとうございます。楽食楽生クリエイターのちえ(@funky_nutrients_c25)です。

 自分の人生に関して焦る部分は1ミリもないのですが、40代半ばを過ぎて急に焦り始めたことがあります。「まだ聴いたことのない、年上世代のミュージシャンの生歌を今のうちに聴いておかないと、チャンスは二度と訪れないかも」という焦りです。

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自分はそんなに若くはない

 子供の頃に母が聴いていて、そんなに良いとは思えなかったミュージシャンの方たちがおります。歳を重ねるにつれて「いい曲だなあ」と思うようになり、サブスクのおかげで再び聴く機会が訪れました。

 私はいわゆる“アラフィフ”と呼ばれる年齢に達しています。20代の半ばで出産をしていれば、成人している子供がいてもおかしくない年齢です。親世代(70代)や少し下の世代(60代)のミュージシャンたちは、引退をしたりお亡くなりになられたりする可能性が高くなっています。

 サブスクや動画などでも彼らの曲は聴けますが、生演奏による魂の揺さぶりには勝てません。例え、声が出来にくくなっていたとしても、心を震わせる瞬間を味あわせてもらえるのがライブです。彼らが演奏活動を止める瞬間は唐突に起こるかもしれないので、チャンスがあるならば逃したくないと思うようになりました。

衝撃を受けた『THIS IS IT』とコロナ

 焦りを感じるきっかけとなったのは、『THIS IS IT』とコロナによるエンターテインメントの制限だと思います。

 少し前にマイケル・ジャクソンの『THIS IS IT』をようやく鑑賞し、こだわりとクオリティの高さに衝撃を受けました。彼は亡くなってしまったので、二度と生では聴けないのだけれど、ご存命ならば来日する可能性はまだあったかもしれないので残念です。

 彼が最後に来日公演を行ったのが1996年。私には生で聴くチャンスがありませんでした。意識して聴くようになったのは社会人になってからなので、どう転んでもチャンスはつかめなかったのです。

 新型コロナのまん延防止によるエンターテインメントの制限も、「いつか聴けるだろう」の意識から「聴けない可能性もある」の意識に変化させたことの一つです。心が動いた時に聴いておかないと、自分以外の理由で聴くチャンスを奪われることもあるのだと思い知らされました。

 「一度でいいから生歌を聴いてみたかった」。この後悔だけは、残りの人生においてできるだけ減らしたいです。私自身も人生の折り返し地点を過ぎているし、会場に足を運べない状態になる可能性だって十分にありますからね……。

節度を持ってライブ参戦を

 推し(Official髭男dism、スガシカオ)のライブは絶対に逃したくないし、気になっている若いミュージシャンのライブにも行きたいし、チャンスは常に狙いたいと思っています。

 しかし、「節度を持ってライブ参戦をする」の信念だけは曲げられません。ライブのためにわざわざ遠くまで足を運んだり、高額なチケット代を払ったりすることは、できるだけ避けたいと思っています。

 この考えは年上のミュージシャンに対しても同じです。開催場所が一カ所だけであれば考えるかもしれませんが、複数の開催場所があるならば近い会場で参戦すると決めています。チャンスは減ったとしても、音楽に依存しないように心がけたいです。

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